人工内耳は聾集団に対する殺戮武器!?

人工内耳は、従来の補聴器が役に立たない何十万もの人々を深刻な聴覚障害(聴覚刺激を伝達するだけでなく増価させたり減少させたりする役割も持つ内耳の有毛細胞の欠損のせいで起きる)から救ってきました。実際、生まれながらにして耳が聞こえなくても、早い段階(生後1年半から2年が最適)にインプラント手術を受けた子供は、普通に口が利けるようになるし、完璧ではないにしても、不自由のない程度の能力が得られます。すばらしい話に思えるかもしれませんが、1990年代には聾社会の多くの人が不安の念を抱いていました。人工内耳には聴覚障碍者の文化を脅かす危険性があり、この装置は治療手段ではなく、医療者側が聾社会に対して文化的な集団殺戮を働くために行使する武器であると考えていたのです。中には聴覚を、老社会の通常のメンバーが持つ能力に新たな能力を付加する、人工的方法で得たエンハンスメントと考える人もいました。人工内耳を埋め込んだ人は引き続き手話ができますが、いつも歓迎されるわけではないようです。この傾向は徐々に変わりつつあるとはいえ、人工内耳を認めない人は相変わらず多いです。

人工内耳だけでなく、神経プロテーゼを理解するためには、身体が電気で動くことも理解しなくてはなりません。デイヴィット・ボダニスは著書『エレクトリックな科学革命―いかにして電気が見いだされ、現代を招いたか(Electric Universe)』の中で鮮やかに説明しています。「私たちは全身が電気で動く。曲がりくねった生体電気ケーブルが脳の深部へと伸びており、細胞の中まで及ぶ強い電気的・磁気的な力場によって、養分や神経伝達物質が微小な膜組織を通過する。我々のDNAでさえも、強力な電気の力で制御されている」

人工内耳が誕生し、機械装置が脳機能の一つにとって代わりました。シリコンが、炭素の代わりとなりました。心筋を刺激して収縮を促す心臓ペースメーカーとは少し違います。この人工内耳は脳に直結し、何が聞こえるかはソフトウェアが決めます。陰謀説を信じる人たちは、これにはあまり心穏やかではないかもしれません。なぜなら、何が聞こえるかを決定するのはソフトウエア開発者だからです。人工内耳の使用は倫理的に問題ないのでしょうか。ほとんどの人は人工内耳を問題視していません。利用者は脳の処理の一部をコンピューターに依存することになるかもしれませんが、マイケル・コロストは次のように述べています。自分は今やサイボーグだが、人工内耳のおかげでずっと人間らしくなったし、付き合いの範囲が広がり、コミュニティにかかわれるようになった、と。正常な聴力を持つ人は人口内耳をエンハンスメント(能力や魅力の増強)だとは思いません。彼らはそれを、治療措置ととらえます。ここで浮上する倫理的な問題は、もし将来、そのようなインプラントや他の装置が、人間の能力を超える聴覚を与えるようになったら、つまり、聴覚エンハンスメントになったら、どうなのかというものです。もし、そのようなインプラントで人間の耳には聞こえない周波数の音が聞こえるようになったら? それも問題ないのでしょうか。聞こえる範囲の周波数が広がったら、生活上有利になるでしょうか。周りは皆、そんな装置を埋め込んでいるのにあなたは埋め込んでいなかったら、人間として劣ったり、人並みにやっていかれなかったりするのでしょうか。生き残るためにシリコンを埋め込んでアップグレードしなくてはならなくなるのでしょうか。私たちはこうした問題に直面することになるのですが、これは、知覚のエンハンスメントに限った話ではありません。