閉じ込め症候群の患者を救う新技術『BCI』

人間に起きうる脳損傷でもとりわけ恐ろしいのが、脳幹の橋腹側部の損傷です。患者は覚醒しており、意識も理解力もありますが、骨格筋を一切動かすことができません。これは、話も飲食もできないということでもあります。この障害は「閉じ込め症候群」と呼ばれます。幸運な患者(もし「幸運」などと言えるのなら、ですが)は自分の意志で瞬きをしたり、眼を動かしたりでき、それでコミュニケーションを行います。ルー・ゲーリック病(筋委縮性側策硬化症、またはALS)からこの症候群を発症する場合もあります。エモリー大学の神経学者フィル・ケネディは、閉じ込め症候群の患者の助けになるかもしれない技術を思いつきました。ラットやサルでの実験で成功を重ねた彼は、それを人間で試す許可を得ました。

ケネディは1999年に初めて、中空の小さなガラス製円錐に2本の金ワイヤーを接続した電極の埋め込みを行いました。電極は神経栄養因子に包まれており、これにより脳細胞が円錐の中まで成長し、電極が脳内に固定されます。電極は左手の動きをつかさどる脳の運動野に埋め込まれ、脳が発する神経インパルスを拾い上げます。患者が左手を動かすところを想像すると、電極はこの想像から生まれるインパルスを感知します。それが日本のワイヤーを伝わり、頭蓋骨の外側に埋め込まれたアンプとFM送信機に届きます。送信機が頭皮の外の受信機に信号を送ります。その信号は患者のコンピューターに伝わり、ソフトウエアで分析・変換され、最終的にコンピューター画面上のカーソルを動かします。ケネディの最初の被験者たちは、繰り返し訓練した結果、左手を動かすところを想像し、コンピューター画面上のカーソルを動かせるようになりました。これは当時も今となっても驚異的なことです。ケネディは、動きについて考えることで生じたインパルスをとらえ、それをコンピューターのカーソルによる動きに変換したのです。これには膨大な処理能力が必要とされる、無数のインパルスをふるいにかけてノイズを除去し、残った電気活動をデジタル化しなくてはなりません。さらにはデコード・アルゴリズムで神経活動を処理して指令信号に変えなくてはなりません。それも、すべて1000分の数秒のうちに、その結果、コンピューターに反応可能な指令が出されます。

また、このインプラントは、塩分を含む海のような体内環境で腐食せず、有害な副産物を作り出すことなく電気信号を伝達し、付近のニューロンを熱で損なわないように低温を維持できるといった条件を満たさなくてはなりません。これは難題でした。ケネディの成功は、驚異的な第一歩です。いや、厳密にいえばもちろん第一歩ではなく、何十万ものステップの上になりなっていました。また、一つの電極が提供できる情報はたかが知れています。被験者が使用法を習得するのには何か月もかかりましたし、カーソルは水平方向にしか動きませんでしたが、それでもこの概念は通用しました。現在、いくつかのグループがこれをたたき台にして、さまざまな角度から研究に取り組んでいます。

このタイプの装置は「ブレイン-コンピューター・インターフェース(BCI)」と呼ばれます。感覚入力情報を脳に提供する人工内耳とは異なり、BCIは能からの出力情報を扱います。脳内でニューロン活動の副産物として生じた電気ポテンシャルを拾い上げ、ニューロン信号を電気インパルスに変換してコンピューターのカーソルに制御します。将来は、それ以外の装置の制御も可能にあるかもしれません。