代謝型グルタミン酸受容体タイプ5(mg1uR5)欠損マウスはコカイン依存症にならない

私たちは、多くの依存症で一般にストレスが再発の引き金になることを知っています。アルコールのような物質依存でもギャンブルのような行動依存でも同じです。そこで、エクササイズや瞑想といった行動的な技法でストレスを軽減するというのは明らかに一つの解決法になります。また、CRFやニューロキン1など脳内のストレスホルモンの作用を、受容体ブロッカーを使って阻害するというのも一つの方法です。これで渇望が解決されるかもしれません。一つの仮説として、ストレスホルモン受容体を遮断することで、VTAドーパミンニューロンにつながるグルタミン酸作動性のシナプスがストレスで長期増強を受けないようにして、快感に結びつく行動上のきっかけ(クラック・パイプを目にしたり、スロットマシンの音を聞いたりすること)により渇望が引き出されないようになるとも考えられます。

依存症の進行が、快感回路内のグルタミン酸作動性シナプスの強度と微小構造の全身的、持続的変化に関係するという仮説からは、依存症治療薬開発の標的が見えてきます。グルタミン酸受容体に直接作用する薬や、受容体の働きを調整するタンパク質です。しかし問題もあります。グルタミン酸は脳内の各所で最も広く働く神経伝達物質であるため、これに作用する薬は予想外に多様な副作用を引き起こす危険性があります。

幸いなことにグルタミン酸受容体には多くのサブタイプがあるため、一つのサブタイプだけに作用する薬ならばうまくいく可能性もあります。反応が遅い代謝型と呼ばれるサブタイプは神経系の中の比較的限定された領域に分布しており、神経の特定の活動パターンによってのみ活性化します。代謝型グルタミン酸受容体タイプ5(mg1uR5)と呼ばれる受容体は快感回路の主要部分、例えば側坐核や背側線条体ニューロンに強く発現するため、特に注目を集めています。

スイスのローザンヌにあるグラクソスミスクライン研究所のフランソワ・コンケらは、遺伝子操作でmg1uR5を持たないマウスを作ったところ、驚くべき発見をしました。このマウスはコカインに全く関心を示さなかったのです。コカインを自己投与できるようにしてやってもレバーを押さず、コカインが与えられる実験箱にも特に関心を向けませんでした。コカインが作用していないわけではありませんでした。mg1uR5欠損マウスの快感回路では、ドーパミン・レベルはやはり上昇していました。しかし、このマウスはただ、コカイン依存症にならないだけのように見えました。当然のことですが、製薬各社はこの結果や類似の研究に注目し、mg1uR5のみを遮断したり調整したりする化合物の開発に多大な関心を寄せました。現時点では開発中の薬の大半はまだ臨床以前の段階にあります。ラットやマウスでの実験から、mg1uR5のアンタゴニストは、コカイン、アンフェタミン、ニコチン、アルコールの依存症治療に有望と言えそうです。これらの薬品が人間の臨床試験段階に入ったなら、動物ではモデル化できないギャンブルなどの行動依存症への有効性を確かめることができるでしょう。数年後には、依存症の最善の治療は、渇望を軽減する薬物療法(たとえばナルトレキソン+mg1uR5アンタゴニスト)と行動療法の組み合わせということになっている可能性もあります。